大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(う)1960号 判決

控訴人 被告人 岡田栄蔵及びその弁護人 阪口亮人

検察官 中條義英関与

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人伊賀満の控訴趣意は本判決末尾添附の控訴趣意書記載のとおりであるからこれについて判断する。

第一点について

本件勅令第二条において婦女に売淫させることを内容とする契約を為すことを処罰する理由は婦女の人権を擁護し且つ風儀及び衛生を確保するため売淫行為そのものの絶滅を期するにあり、従つてその契約の相手方たる当事者が売淫行為をなさんとする婦女自身なる場合に限らず、結局において婦女をして売淫に至らしめることを内容とする契約をした者はいわゆる抱主又は婦女本人でなくとも同条にいう契約をした者に該当すると解するを相当とする。而して原審第二回公判調書中被告人の供述記載その他原判決引用の諸証拠によれば被告人が原判決摘示事実第一(一)乃至(十)の如き婦女に売淫をさせることを内容とする契約を抱主としたことを認めるに十分であつて、右所為は決して所論のように抱主対婦女間の売淫契約の幇助を以て目すべきではない。原判決にはこの点につき事実の誤認はなく、又法令の適用にも誤りはない。論旨は理由ない。

第二点について

いわゆる特殊カフェーとは風俗営業取締法、同法施行条例によつて単に「カフェー」として公認された業者中の一部の者が法令に根拠なく勝手につけた自称業名に過ぎず同条例取締の対象外にある特殊例外的の存在ではない。即ちその公認の限度は客席で客の接待をして客に遊興又は飲食をさせることにあり、婦女を抱え売淫行為を職業的にさせて営利を得る業態を公認されたものではない。而して原判決引用の証拠によれば、原判示第一の各カフェー業者は実際上その抱える婦女たちをして職業的に客に売淫させて収益を図ることを当初からの約旨として被告人と本件契約を為し、その結果も現実に斯る売淫行為のなされたことを認められ、斯ように婦女をして職業的に売淫をさせることは、所論の如く比較的設備や衛生等に注意される場合でも猶公衆道徳上有害なことは当然であるから、被告人の前記婦女に関する契約は職業安定法第六三条第二号にいわゆる公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業紹介を行つたものに該当すること明らかである。論旨は理由ない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 武田軍治)

控訴趣意

一、昭和二十二年勅令第九号二条は「婦女に売淫をさせることを内容とする契約をした者云々」とあり原判決によれば判示所為中第一の各所為は之に該当する旨判示している。

然るに本件被告人の各所為についてこれをみるに被告人が婦女(本件各所為中各婦女)に売淫をさせることを内容とする契約をした者に当るか否かを按ずるに判示第一の各所為を証明した各供述書調書等によつても被告人は只単に之を紹介したに止るものであつて売淫させることを内容とする契約をした者には当らないと思料する。即ち被告人はかかる売淫行為を希望している者を抱えんとする者、即ち抱主に引合せる丈であつて売淫行為等を内容とする契約でない。即ち判示によれば「住込ませた上客に売淫せしめる」或は稼高の分配割合等は之をしていないので、かかる契約は抱主と本人との間に於て為されていたものである。従つて被告人の行為は単なる紹介行為であつたから該条の規定に該当しないと思う、仮に該条の規定に該当すると仮定しても幇助行為に過ぎないものであるから犯情は軽いのである。

二、次に原審判決によれば判示所為中第一の各所為は一個の行為にして前示勅令に該当すると共に職業安定法第六三条第二号即ち「公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業紹介」を為した者に該当する旨判示しているのであるが被告人が紹介をしたことは疑ひないが原判決のように公衆道徳上有害な売春の業務に就かせる目的があつたか否かについて疑がある。被告人が紹介した先は全部所謂特殊カフェーと称する公認された設備殊に衛生的設備を完備しているところである。従つて売淫行為の場所として公認されていない所謂いんちき旅館、春の宿等とはことなり一種の社会秩序維持の機関として公認され衛生設備等監督官庁の厳重な検査のもとに営まれているものであるから、公衆衛生上又は公衆道徳上の有害性は防止し得る限りの設備と監督のもとにあるので所謂いんちき旅館、春の宿等とことなるものである。従つて被告人は公衆道徳上有害の業務であるとの認識を欠いでいたものである。

尚かかる衛生設備が完備している場所に紹介したものであるから所謂いんちき旅館或は春の宿等に紹介した場合と全く異るから少くも職業安定法第六三条第二号の立法趣旨より考えれば之に違反するものでないと思料する。仮に被告人の所為が該規定に該当するとしても斯様な実状であるからその犯情は極めて軽いものであると思料する。猶又被告人が紹介した各婦女は殆ど全部が特殊カフェーを転として廻る売淫常習性を有している婦女であり、かかる売淫性のない婦女を誘ひ之を紹介したものでないことも明かであるからこの事実よりするも亦被告人の犯情は軽いのである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例